トレンディ★トレンディ

*

業界のタブー!事務所と揉めた有名人たち!

   


この記事は私がまとめました

風吹ジュン

京大卒の高校教師の父親と母親の間に生まれた。小学校5年の時に両親が離婚。中学校2年で母親の育児放棄に伴い、兄と京都に移り住んでしまう。暮らしは非常に貧しく京都で住んでいた家は窓の裏が崖であった。内職やアルバイトをする日々で、高校受験前には担任教師の家で仮住まいをしていた。
京都市立日吉ヶ丘高等学校美術科を受験し、一次試験に合格するが二次試験当日に母親の再婚を知らされ、受験を放棄。レストランなどで住み込みで働き始める。18歳で上京し、銀座の高級クラブに勤務、1971年クラブに在籍中にスカウトされる。芸名は、風に吹かれたように出てきたから"風吹"、語呂がいいから"ジュン"。

74年9月12日のことだった。東京・河田町にあったフジテレビで特番の収録中に広域暴力団幹部が押しかけ、付き添っていた所属事務所のマネジャーを連れ出したのだ。風吹の事務所独立に絡む問題だった。番組の収録を終え、局の前を出ようとしたところ、待ち構えていた男の乗用車に押し込まれ、風吹も東京・品川のパシフィック・ホテルに連れ去られた。
「ホテルの一室には、暴力団系興行会社社長や前事務所の社長、さらには人気作詞家ら数人がいて、30分前後、話し合いが持たれた」(関係者)という。風吹は、そこで事務所移籍契約の無効を告げられた。

今も美しいですが、若いころめちゃくちゃかわいいです。

高輪署と警視庁捜査4課は、「暴力団がらみのタレント誘拐事件」と判断、約50人の捜査員とパトカー20台を出動させる大騒動となった。ただ、風吹は誘拐を否定し、「人騒がせな事件」として一件落着。しかし、奇々怪々な事件、トラブルの元は、風吹の「二重契約」にあった。
「風吹は、新しい事務所から『2倍の月給を出す』と持ちかけられたことから、事務所を移ることを決意した。しかし、前事務所との契約期間が残っていたことからトラブルになった」(プロダクション関係者)
人気絶頂の風吹だったが、暴力団が絡んだため、テレビ各局は大慌てとなった。中でもNHKは「出演は、しばらく見合わせたい」と、同年の出演番組を全てキャンセルしたほど。

西内まりや

日本のファッションモデル、歌手(シンガーソングライター)、タレント、女優。福岡県福岡市中央区出身。デビュー以来ライジングプロダクションに所属していたが、2018年3月31日付で退社し、以降はフリーで活動している。2006年夏、福岡市内に遊びに来ていた際に芸能事務所ライジングプロダクションのスタッフによるスカウトを受けた。

「週刊文春」が、女優の西内まりやが所属事務所のライジング・ホールディングス(以下ライジング)とトラブルを起こしていたことを報じている。10月3日、ライジングのオフィスで同社関連会社の春日隆社長と打ち合わせをしている際、突然大声を張り上げ、春日氏を平手打ちしたというのだ。「記事によると、その時の西内は興奮状態で『もう我慢できない!』『私はアンタたちのためにこんなに頑張ってるのに何で認めてくれないの』と泣きわめいたのだとか。

「記事の中で西内サイドは暴行について否定していましたが、ライジングの代理人が『怪我を負わせたことは紛れもない事実』『西内氏の行為は犯罪行為であり、到底許されるものではありません』と回答しているところをみると、事務所側は断固とした措置を取るのではないでしょうか。おそらく西内は、契約を打ち切りできず“飼い殺し”にされるか、契約を切ることができても大手事務所のオフィスで行った“蛮行”が芸能界で許されるはずはありません。何より精神的に不安定と報じられれば、他の共演者に迷惑がかかるのを恐れて、起用する局はないでしょうね」(週刊誌記者)

能年玲奈(のん)

日本の女優、ファッションモデル、芸術家、歌手。本名および旧芸名、能年 玲奈(のうねん れな)。 デビューからレプロエンタテインメントに所属し本名の能年 玲奈(のうねん れな)で活動、2016年7月より独立し、のんの芸名で活動する。2006年、ローティーン向けファッション雑誌『ニコラ』(新潮社)のモデルだった新垣結衣に憧れて第10回ニコラモデルオーディションに応募し、グランプリを獲得。レプロエンタテインメントジュニア部「j-class」に所属し、2006年から2010年まで同誌専属モデル(ニコモ)を務めた。

2015年4月、所属するレプロエンタテインメントに無断で同年1月に個人事務所「三毛&カリントウ」を設立していたと報道され、事務所独立騒動が発生した。同年4月25日の東京スポーツでは、同個人事務所の取締役は能年に演技指導をした劇団「the Misfits」(ザ・ミスフィッツ)主宰の滝沢充子が務め、能年が滝沢に”洗脳”されているとの内容が報道された。この事務所独立騒動の影響もあってか、レギュラー出演していたラジオ番組やテレビCMも次々に終了し、事実上の休業状態となった。

翌2016年7月にレプロエンタテインメントとの契約が終了すると報じられ、同月15日発売の『FRIDAY』の取材で久しぶりにメディアの取材を受け、芸名を「のん」に改名する事を発表。同月21日発売の『週刊文春』では、自身が代表取締役を務める個人事務所「株式会社non」を設立したと報じられた。
これに対しレプロエンタテインメントは、契約満了直前の2016年6月下旬に文書を送付して「昨年4月から能年との話し合いが進まず、仕事を入れられなかった」として15か月分の契約延長を求め、あわせて契約満了後も「能年玲奈」を芸名として使用するには同事務所の許可が必要であると警告していたと『週刊文春』誌上で報じられた。7月1日以降も同事務所から退所に関する正式な発表はなく、専属芸術家契約等の履行及び更新をめぐる諸問題について一部東京地方裁判所において係争中であり引き続き協議中である旨の声明を同月14日付で正式に発表し、契約問題は未解決であるとしている。

細川茂樹

日本の俳優・タレント・元モデル。過去にはアオイコーポレーション→ウィズ・ケイワン→サムデイ。岐阜県大垣市出身。1992年、雑誌『non-no』のボーイフレンドグランプリに選ばれる。

2016年いっぱいを持って、「細川の度重なるパワハラが原因」という所属事務所側の主張により契約を解除されるが、細川側は「契約解除は無効」だとして東京地方裁判所に契約継続の仮処分を申し立て、2017年2月21日に仮処分が認められた。所属事務所側は「ハラスメント等がなかったことを理由とした決定とは考えておりませんので、引き続き当社の正当性を主張していく」と今後も争う構えを見せている。

2月25日に一転して「5月7日付で契約解除することで双方が合意した」と細川の代理人弁護士が一方的に発表したが、事務所側は「そのような申し入れはしていない。こちらは昨年12月26日に契約解除を通告した。3カ月後ならば来月中の契約終了となる」と細川側の発表を完全否定した。

 - Uncategorized

×
Domain